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東京高等裁判所 昭和56年(う)164号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

一控訴趣意第一点について

所論は、入札妨害罪が成立するためには当該入札手続が公正なものであることを必要とするところ、本件災害防除工事の競争入札については、右工事の設計、見積りをした業者である開発工事株式会社が富浦町から指名されて入札に参加したこと、同町の土木課長丸道雄が右開発工事の大桃勝彦に対し落札予定価格を内報していたことの二点において公正を欠く事由があり、弁護人は原審においてそのことを主張したのであるが、原判決は右主張に対しなんら判断を示さず、入札手続の公正についてもなんら説示していないのであるから、理由不備または訴訟手続の法令違反にあたる、と主張する。

そこで、原審記録ならびに証拠物を調査検討すると、原審第二一回公判において、弁護人水谷昭、同片岡義広の両名が「入札手続が公正を欠く場合には入札妨害罪が成立しない。本件入札においては、富浦町土木課長丸道雄が開発工事の大桃勝彦に落札予定価格を内報するなどし、同社に本件工事を請負わせようとしていたものであり、入札手続は単なる形式的仮装にすぎないから、入札妨害罪の成立する余地はない。」旨の弁論を陳述したこと、原判決が右弁護人の弁論に対し特に判断を示していないことは原審記録から明らかである。しかしながら、右弁論は、要するに、入札手続の公正が入札妨害罪成立の一要件であり、本件ではその要件が欠ける旨の主張であつて、構成要件事実の不充足の主張に帰するものであるから、刑訴法三三五条二項にいう「法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実」の主張には該当しない。従つて、原判決が右主張に対し特段の判断を示していなくても、理由不備あるいは訴訟手続の法令違反にあたるということはできず、論旨は理由がない。

なお、所論にかんがみ、入札手続が公正を欠くから本件においては入札妨害罪が成立し得ないとする弁護人の主張の当否につき、職権で判断を示すと、入札妨害罪が成立するためには、その基本的前提として、権限のある機関によつて適法に入札に付すべき旨の決定がなされたことを必要とし、その決定があれば、他に特段の事情がないかぎり、刑法九六条の三第一項所定の行為の対象としての「公ノ入札」が存在することになると解されるところ(最高裁判所昭和四一年九月一六日判決、刑集二〇巻七号七九〇頁参照)、本件において、原判示の富浦町が昭和五一年一二月四日南無谷トンネル他二か所の災害防除工事を指名競争入札に付する旨の決定をしたことは原判示のとおりであり、その決定手続に違法の点があつたとは認められないから、入札妨害の対象となる「公ノ入札」が存在したことは明らかである。所論は、前記開発工事株式会社(以下単に「開発」という。)が右災害防除工事の設計、見積りをしているのに、さらに同工事の競争入札に指名されて参加することになつたのを公正でないとして非難するのであるが、右「開発」が本件の入札参加に先立ち設計や工事費用見積りをしたのは、南無谷トンネルと小浜トンネルの各壁面工事についてであり、本件競争入札の対象となつた工事には、右二か所のトンネルの壁面工事のほか、その各路面の工事ならびにトンネル付近の道路工事も含まれていて、両者に差異があることや、右「開発」以外の入札参加業者においても、入札前に、富浦町から本件工事の現場や工事内容についての説明をうけており、それに基いて工事費用についての見積りをすることが可能であつたことなど証拠上認められる諸点からすれば、「開発」が指名されて入札に参加したことをそれほど強く不当とすべき理由はなく、そのことが前記「公ノ入札」の存在を否定すべき特段の事情となるものでもないというべきである。また、所論は、富浦町の土木課長丸道雄が「開発」の千葉営業所長である大桃勝彦(以下単に大桃という。)に対し同町の落札予定価格を内報したとするが、そのことを認めるに足りる証拠はなく、右丸課長と大桃とがある程度親密な関係にあつたことは証拠上認められるものの(しかし、富浦町長の忍足三郎は、丸と大桃との交際関係については何も知らない旨原審において証言している。)、そのことにより本件「公ノ入札」の存在を否定すべき特段の事情があるとすることはできない。そのほか、各証拠を検討しても、本件の「公ノ入札」が単に仮装のものにすぎないとか実質的に不存在であると認めることはできないのであつて、以上要するに、本件入札の手続は公正を欠くから入札妨害罪が成立し得ないとする弁護人の主張は失当というべきである。

二控訴趣意第二点について

所論は、原審において弁護人は、被告人としては当初自由に競争入札を行う意思を有していたのであり、それに対し「開発」の大桃が被告人を談合的会合に引入れようとしたので、そのような会合の決裂を申入れたものであつて、被告人の所為は正当行為にあたる旨主張したのであるが、原判決はこれに対しなんら判断を示していないから、右は訴訟手続の法令違反にあたる、と主張する。

そこで、原審記録を調査検討すると、原審における弁護人の弁論要旨によれば、被告人は正当な立場で入札に臨んだものであるとか、被告人が大桃に対し入札参加を批判したのは反社会性がないとか、被告人の大桃に対する語調が多少強いものであつたとしても社会的相当性を逸脱するものではないなどと種々の主張が述べられていることは明らかであるけれども、これらによつても、被告人の所為が正当行為にあたる旨の主張があつたとは認められないから、原判決がこれに対し特段の判断を示していなくても、訴訟手続の法令違反があるということはできず、論旨は理由がない。

なお、かりに、弁護人の右弁論に正当行為の主張が含まれているものとしても、本件における被告人の所為が正当行為にあたり違法性を欠くものであるとは決して考えられない。すなわち、関係各証拠によれば、富浦町が原判示のとおり指名競争入札の決定をし入札参加業者の指名をした後、昭和五一年一二月一〇日の午後同町役場で入札参加業者に対し入札に付する工事の内容説明などが行われたが、その終了後「開発」の大桃が他の入札参加業者を原判示の古川館に案内したこと、大桃としては、「開発」において本件工事を落札したいと考え、そのことにつき他の業者との間で話し合いをするため、右のように古川館に案内したものであること、しかし、同所において、被告人が大桃に対し原判示のような言動により脅迫し、「開発」の落札を断念させ、原判示の三信建設工業株式会社(以下単に「三信」という。)を落札者とする旨の約束をさせたこと、以上のような事実が認められるのであり、右事実によつてみれば、大桃が他の業者との間で話し合いをしようとしたのは、まさに談合行為に及ぼうとしたものであつて、違法といわなければならないが、被告人はその談合行為を阻止しようとしたのではなく、脅迫の手段によつて落札者を「三信」にするように約束させたものであるから、談合に劣らず悪質なものというべきであり、決して正当行為にあたるとみることはできない。とすれば、正当行為の主張に対し判断を示さなかつた点においてかりに原判決に訴訟手続の法令違反があるとしても、右正当行為の主張が理由のないものである以上、右訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえないから、論旨は結局理由がない。

三控訴趣意第三点について

所論は、事実誤認の主張であり、原判決は被告人が大桃を脅迫して畏怖させ「開発」の落札を断念させて「三信」を落札者とする旨の約束をさせたと認定しているが、右は事実認定を誤つたものであつて、被告人は大桃を脅迫したり畏怖させたりしておらず、この点に関する大桃の証言は全く信用ができないものであり、「三信」を落札者とすることは被告人が通夜に出席のため古川館を離れていた間に大桃と山崎との間でとり決めがなされたものである、と主張する。

そこで、原審記録ならびに証拠物を調査検討し、当審における事実取調の結果をも考え合わせて判断すると、原判決の挙示する各証拠を総合すれば原判示どおりの事実を十分に認定することができるのであり、原審で取調べたその余の証拠ならびに当審における事実取調の結果を合わせ考えても、原判決の事実認定に所論のような誤りがあるとは考えられない。所論は、原審における証人大桃勝彦の証言は誇張や虚偽の多いものであり、全面的に信用できないものであるとするのであるが、右大桃証言は、その内容自体において具体的かつ詳細であり、弁護人の反対尋問によつても格別の動揺を見せていないこと、原審における証人井上薫、同山崎清の各証言は大桃証言の信用性を十分に裏づけるものであること、被告人も、捜査官に対する各供述調書において、原判示の日時、場所で大桃と三、四回にわたり話し合いをし、何とか「三信」に落札させたいと思い、地元だからやらせてくれませんかと頼んだ旨供述していること(弁護人は、右被告人の各供述調書の任意性に疑いがあるとするが、各供述調書とも本件の犯行については否認する趣旨の記載がなされているのであつて、その形式、記載内容等に照らし、任意性に疑いがあるとは考えられない。)などの諸点からして、原判決の認定に添うかぎりにおいてその信用性を十分に肯定することができる(ただ、被告人との交渉の時間などに関する部分につき一部信用できない点のあることは後述するとおりである。)。なお、当審において、弁護人から刑訴三二八条により提出された大桃の検察官に対する各供述調書によつても、大桃証言の証明力はいささかも減殺されないと認められる。大桃証言によれば、被告人が原判示のように大桃を脅迫して同人を畏怖させたことは明らかといわなければならない。

また、所論は、被告人は本件犯行の当夜午後七時ころから一一時半ころまで通夜に出席するため古川館を離れているのであり、その間に大桃と山崎との間で「三信」が落札し「開発」が下請をすることの話し合いがつけられたものであるとする。そこで、この点について検討すると、原審における証人佐藤ふみ子、同青木あや子の各証言、被告人高梨忠に対する千葉地方裁判所館山支部昭和五三年一〇月三一日判決の写、被告人作成の昭和五五年一〇月八日付陳述書等の各証拠によれば、本件犯行の日である昭和五一年一二月一〇日の夜千葉県安房郡天津小湊町天津一七八八番地佐藤ふみ子方において、前日に死亡したふみ子の夫千太郎の通夜が行われたこと、右千太郎の死亡は被告人が経営する青木総業の自動車運転手の過失によるものであり、その関係で被告人も右佐藤方の通夜に出席したこと、被告人は右一二月一〇日の午後から夜にかけて前記古川館において、原判示の工事入札につき「三信」を落札者とするため大桃らとの間で長時間交渉を続けていたものであり、その交渉の途中前記通夜に出席するため古川館を離れ、一旦自宅に寄つて着がえをしたうえ佐藤方に赴き、同所で通夜に出席した後、再び自宅を経由して古川館に戻つたこと、以上の諸事実を明らかに認めることができる。そして、被告人が右のように古川館を一時離れていた時間については、前記佐藤ふみ子、青木あや子の各証言、被告人作成の陳述書において述べられている時刻関係をそのまま信用することはできないが、右各証拠のほか原審における証人大桃勝彦、同井上薫、同山崎清の各証言、当審における被告人の供述等を総合して考えれば、被告人が古川館を離れたのは、被告人と技術建設株式会社千葉出張所長井上薫との間で話し合いがつき、同人が落札希望を撤回する旨の意思を表明した後であり、午後七時半前後ころであつて、被告人が再び古川館に戻つたのは午後一一時ころであると認めることができる。しかしながら、被告人が右のように相当時間古川館を離れていたことは認められるにしても、その間に大桃と山崎との間でどの会社を落札者とするかについての話し合いがつけられたものとは決して認めることができない。すなわち、以上に挙げた関係各証拠によれば、「開発」の大桃は、前記のように、一二月一〇日の午後本件入札の参加業者らを古川館に案内し、同所において各業者との間で本件の入札について話し合いをはじめ、同日午後四時ころからは、「三信」の東京支店営業部長付と称し同社を落札者にしようとする被告人と個別折衝に入つたのであるが、そのころから同日午後七時すぎころにかけての三、四回にわたる折衝の過程において、被告人から「地元の人が落札するのが当然だ」「三信が落札するから開発はおりろ」「お前には女房子供があるだろう、どうなつても知らんぞ」「おれのところには若い腕ききが沢山いるぞ」などとおどされ、非常にこわい思いをしたこと、その後、大桃は、一旦中座し午後一一時ころ古川館に戻つて来た被告人との間で交渉を再開したが、被告人から「お前の社長のところに電話を入れろ」「そうでなければ、これからお前の社長のところまで車を飛ばして朝までかかつてもいいから行こうじやないか」「痛い目にあわないうちにおりろ」などと言われたため畏怖困惑し、会社の上司とも電話連絡をしたうえ、やむを得ず落札を断念するに至り、「三信」が落札者となることを承認し、その代り「開発」が「三信」の下請として工事を実施し、工事代金の一一%を「三信」に支払う旨の約束を被告人との間でとり交わしたこと、古川館における当夜の会合には、「三信」の東京支店営業課長である山崎清も出席していたが、同人は被告人から「お前がいると話がごちやごちやする」などといわれたため、被告人と大桃との個別折衝の場にはほとんど同席せず、午後一一時半ころになつて、前記のように被告人と大桃との話し合いがついたことを知らされ、その場で大桃の要求により「三信が落札し、下請を開発がする」旨自分の名刺に記載し、念書として大桃に交付したこと、以上のような諸事実を明らかに認めることができるのである。右認定に反し、被告人の不在中に大桃と山崎との間で「三信」を落札者とすることの話し合いがつけられたとする被告人の捜査段階から当審公判に至るまでの供述は、大桃、山崎の各証言に照らし到底信用することができない。なお、被告人の通夜出席の時間的状況が前記のように認められる以上、大桃の証言のうち、当夜八時すぎにも大桃と被告人とが話し合いをしたとか、九時半ころ被告人らが一旦席を離れたとか述べている部分は、他の証拠に照らし信用できないものといわなければならないが、その点は、大桃が、事件後一年以上も経過してから捜査官の取調をうけ、その後さらに一年近く経過してから証人として供述したため、記憶違いを生じたことによるものと考えられ、大桃証言の他の部分の信用性を疑わせる理由になるものではない(大桃が、当日午後八時すぎころ第四回目の折衝で被告人から言われたと証言しているもろもろの脅迫の言葉は、当日午後七時半前後ころ被告人が通夜出席のため中座する前の折衝で言われたものと認められる。)。

(市川郁雄 簑原茂廣 千葉裕)

〈参考〉第一審の罪となるべき事実

被告人は、特殊土木請負業を営む三信建設工業株式会社(以下「三信」という)の東京支店営業部長付と称していた者であるが、千葉県安房郡富浦町が昭和五一年一二月四日南無谷トンネル他二か所の災害防除工事を指名競争入札に付することを決定し、「三信」及び開発工事株式会社(以下「開発」という)ほか四業者を右工事の競争入札参加業者として指名したところ、「三信」を右指名競争入札の落札者としようと企て、同月一〇日、同県同郡丸山町海発三五九番地所在旅館「古川館」一階客室において、右指名競争入札の落札を期していた前記「開発」の入札代理人である大桃勝彦(当時四一年)に対し、「富浦町は妻の出身地だから地元の人が落札するのが当然だ、開発は入札を降りろ、お前に女房や子供があるんだろう、女房、子供がどうなつても知らんぞ、俺のところには若い腕ききが沢山いるぞ、痛い目に会わないうちに降りろ、お前の社長の所へ電話を入れろ、これからお前の社長の所まで車を飛ばして朝までかかつてもいいから行こうじやないか」と語気強く執拗に申し向けて右工事の落札を断念するように迫り、その要求に応じなければ「開発」の営業並びに右大桃及びその親族の生命・身体などに如何なる危害を加えるかも知れないような気勢を示して脅追し、右大桃を畏怖させ、よつて同人をして「開発」が落札することを断念して「三信」を右工事の競争入札の落札者とする旨約束させたうえ、翌一一日、前記富浦町原岡九一九番地所在同町役場において行われた前記工事の指名競争入札に際し、「開発」の入札価格を「三信」の入札価格よりも高い金額で入札させ、もつて威力を用い公の入札の公正を害すべき行為をしたものである。

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